2012年6月9日土曜日

住環境整備と融資について

社会制度と空間デザインの関りを考えていく上で、税制や融資等資金に関する社会制度が非常に大きい役割を果たしているのですが、この事について言及されることはあまりありません。ここでは、融資制度の持つ役割について考えてみたいと思います。




〇融資について
 
以前と比較して、一戸建て住宅の違法建築が減っています。
建売業者によると、融資の問題が大きく作用しているようです。
今までにも違反建築防止協定等ありましたがあまり効果はなく、品確法等制定されたが採用事例は約3%程度に留まっています。
それにもかかわらず、違法建築が減っているのは民間金融機関の住宅ローンが違法建築に融資をしなくなった為であると言われています。
融資がつかないという事は、建売住宅市場においては商品価値が無いという事と同義です。
逆に言えば、融資がつくから今まで違法建築が商品足り得ていたと言えます。
市場経済は相対的な競争力により維持されています。
住宅市場を支配しているのは入居者の月額負担額であり、分譲住宅においてこれを決定着けているのは融資条件です。
融資条件が商品価値を決定付けている非常に大きな要因であり、具体的に下記のような現象を見ることができます。
長期ローンが整備されることで不動産価額は上昇する。

バブル期まで、我が国の不動産価格が消費者物価指数よりも高い割合で上昇を続けてきた要因の一つに段階的な長期ローンの拡充が上げられます。
長期ローンが出来る事で、月毎の家計にしめる住居関係費の支出割合の増加以上に不動産価格の上昇を吸収することができ、右肩上がりの市場が形成されていたと考えられます。

金利が上がれば物件価額は下がる。
融資金利の上昇が明らかになる時等、不動産業社は「今が買い時」と駆込み需要を煽ります。
しかし、不動産価格が市場性から相対的に決定付けられるものである以上、金利が上がれば、相対的に競争力が下がり、同等の競争力を持つ為には価格を下げざるを得ません。
不動産業社にとって「今が売り時」ではあっても、消費者にとって必ずしも「今が買い時」であるとは言えません。

違法建築が一般的な建売住宅市場では、違法建築でなければ市場において競争力を持つ事ができなかった。

 相対的に競争力を持ち得なければ商品価値を持つことが出来ません。
 商品価値を持ち得なければ市場に受け入れられる事は出来ません。
 このような経済的な論理が違法建築を野放しにしてきた原因と言われていますが、必ずしも市場経済そのものが原因なのではなく、それをとりまく社会制度に問題があったと考えられます。
事業用の土地流通市場では、完成した商品の販売価格から建築原価、経費、利益を控除した額が土地価格となります。
土地価格は競争により決定付けられるため、違法建築が野放しな状態では、違法建築を前提としなければ土地が取得できません。
違法建築物は完成するまで工事中であるということで取り締まりの目を逃れ、完成し利用が始まってしまうと今度は民法上の制約があり、取締りを強化してもなかなか実行力を持ち得ませんでした。
抜け駆けが恒常的な環境下では抜け駆けを前提とした市場が形成され、法を遵守する真面目な事業者は淘汰されることとなります。
しかし、違法建築に対して住宅ローンがつかなくなった事で事態は激変しました。
この事は非常に大きな事を示唆していると言えます。
違法行為そのものを取り締まるよりも違法行為を成立せしめている要因である融資を規制する事が、遥かに効果的であるということです。
意外な様ですが、違法建築が建てられない現状は建売業者にとって厳しい状況のように見えますが、実は全くそういう事はありません。
違法建築が商品価値を持たない環境では、適法建築を前提として土地価格が決定付けられるからです。
抜け駆けが許されない環境下では適法を前提とした市場が形成され、法を守らない不真面目な事業者が淘汰されることとなります。

 以上の様に、長年に渡り住宅市場において融資環境が大きく商品性を左右してきた結果、現在の都市の住環境が形成されたといえます。
現在の住環境に問題があるとすれば、融資環境の整備が不充分だったからであるといえます。
この原因には、金融機関の融資環境を監督する旧大蔵省と住環境整備の制度を作る旧建設省の間で有機的に連携した制度構築をすることができなかった、縦割り行政の弊害が考えられます。

〇住宅金融公庫の役割

 建築関連の監督官庁である旧建設省内に住宅金融公庫という建築施策を実行する金融機関があったことの意義は大きいと思います。
長期の固定金利を呼び水とすることで、適法建築物に、しかも耐久性や省エネ性、バリアフリーという施策誘導課題を融資条件緩和の条件とし、我が国の健全な住宅ストック蓄積に果たした役割は大きいといえます。
〇住宅金融公庫の中古マンション融資において管理状況を評価することの意義
 
公庫は様々な形で健全な住環境整備に向けて有効な制度を拡充してきました。
その中で、中古マンション融資において管理状況を評価する制度は非常に重要な視点を提示しています。
昭和30年代では住宅公団が中心に供給し、昭和40年代から民間でも普及段階に入り一般化した分譲集合住宅が、現在築40年から50年を迎えようとしています。
多くのマンションにおいて大規模修繕が必要な時期となっていますが、住民の管理に対する参加意識は乏しく、築20年を越えると中古ローンがつきにくくなる事から中古物件としての市場性を失い賃貸に出される事が多く、結果として賃貸比率が高くなる事で益々管理に対する意識が低下し、なかなか修繕への合意形成を得る事が困難な状況が生まれています。
中には建替えに向けて検討が行なわれる場合もありますが、やはり合意形成を得る事が難しく実施事例は非常にわずかに過ぎません。
法改正により管理組合の議決権が強化され、建替えが円滑になされるよう法整備が行なわれましたが、現在及び今後の経済状況、社会状況を見れば、この法整備により老朽化マンションの建替えに向けた動きが活性化する性格のものでもありません。
むしろ公庫の中古マンション融資制度が将来の都市における住環境に対して重大な影響を与える可能性を持っていると考えます。
公庫が中古マンションの融資に、管理状況というファクターを導入したのは画期的でした。
中古マンションの融資条件に管理状況が反映されるようになれば、管理状況が市場価値を高めます。
市場価値が高まるということは資産価値が高まると同義であり、結果として良好な管理状況を維持する入居者にインセンティブが働きます。
このように管理状況の良好なマンションは築年数に関らず融資がつく事で恒久的に市場性を維持する事ができます。
この制度が実行力を持つと、管理状況の良いマンションはずっと市場性を維持しつづけ、管理状況の悪いマンションは築年数を経ることで市場から消えていき、建替えに誘導されます。

〇ポスト公庫時代における民間金融機関のありかたに向けて
 
上記制度を初めとして、住宅金融公庫は日本の住環境整備に大きな影響力を与えてきました。
しかし、最初に例示した様に、民間金融機関が違法建築に融資をしなくなったことで違法建築が激減した事を踏まえれば、民間金融機関に対して指導を徹底する環境さえ整えば同様の事が可能ではないかと思います。
住宅性能保証制度等についても、建物の性能が高い分担保価値を高く評価し、それを融資条件に反映することができればもっと採用割合は増加すると考えられます。
違法建築が減らない事や、性能保証制度が活用されないことについて、民間事業者のモラルや一般ユーザーの意識の低さを嘆いたところで状況は何も変わりません。
また、啓蒙活動をいくらしても、取締りを強化してもニーズがある限り商品は供給されつづけるのは歴史が証明しています。
重要なのは、優良な商品の商品価値を上げ、劣悪な商品を商品として成立しなくする融資環境の構築です。
我が国の住宅ストックの水準を上げていく為には、これを誘導する融資制度の構築が重要です。そのためには縦割り行政の限界を超えた有機的な対応が求められます。




<2002年日本建築学会大会で行われたパネルディスカッション「社会制度と空間デザイン」に向けて寄稿した原稿を元に、一部加筆修正>

【参考文献】
 
下記のように融資条件の規制は限定的なものだったようです。
にもかかわらず、建売業者にヒアリングすると劇的な環境の変化が起こっているという声が上がるという事は、この規制の持つ効果の大きさが推察できます。
 

毎日新聞:20011027

違法建築:融資時の完了検査証添付要請、対応は3割 大阪府

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一戸建て住宅の違法建築を防ぐため、大阪府が全金融機関に、住宅ローンの融資条件として建物に問題がないことを示す完了検査済証の添付を顧客に求めるよう全国で初めて要請したが、応じた金融機関が約3割にとどまっていることが分かった。「融資条件を厳しくすれば、他の銀行に顧客を取られる」などが理由。府は国土交通省に、金融機関への働きかけを求めることを検討している。

建築基準法は、工事が完了すると、地方自治体などの完了検査を受けるよう定めている。合格すると検査済証が交付される。しかし、費用が10万円近くかかることなどから、完了検査を受けない建物は多く、府内での実施率は半数に満たない。

違法建築物には、手抜き工事による欠陥住宅のほか、建ぺい率や容積率をオーバーして建てられた住宅などがある。地価が高騰したバブル期に、狭い敷地いっぱいに建てられた住宅も多い。

しかし、阪神大震災で多数の違法建築物が倒壊し、安全面から是正を求める声が大きくなり、府は99年、109の金融機関に、完了検査済証の添付を融資条件にするよう要請した。その後、兵庫、東京、神奈川なども同様の要請をしている。

府は今夏、実施状況を初調査。その結果、住宅ローンを扱う78行中24行しか要請を実施していなかった。都銀8行では実施は3行だけだった。金融機関側は「顧客の負担になる」「事務的に無理」などと回答。さらに、「他行に顧客が逃げる」「建設業者に怒鳴り込まれる」などの声も府に寄せられたという。

大阪府は「金融機関は公共的な性格もある。安全なまちづくりに協力をしてほしい」と訴えている。
 【森野茂生】[毎日新聞10月27日] ( 2001-10-27-15:01 )

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