2012年6月25日月曜日

今までの取り組み(ディセット渦が森)

阪神・淡路大震災翌年の一九九六年、キューブは神戸市中央区に誕生しました。それ以来、震災により倒壊・半壊した住宅の再建に直接関わることで諸問題の本質を見極め、ここで蓄積されたノウハウを具体的な事業として展開する手法として、コーポラティブハウスをはじめとする様々な事業に取り組んできました。

これからしばらくは、被災マンションの再建事業、「渦森団地17号館」の再建に始まり、キューブが今まで取り組んできた事業についてご紹介させて頂きます。


〇建て替えか否か


従前の渦森団地17号館


神戸市東灘区渦森台二丁目にある、神戸市住宅供給公社の開発による団地、渦森団地全20棟の中の1棟「渦森団地17号館」は、阪神淡路大震災によって建物の中程にあったエキスパンションジョイントより西側の部分の杭頭が破損し建物が傾いていました。

震災後の状況

その後、住民間で再建手法が話し合われましたが、建替えと補修との間で住民の意見が二分化、激しく対立し収集がつかなくなった状態で相談をもちかけられました。その時点で概ね震災から一年を経過しておりましたが、ライフラインは復旧し、ほぼ全員が居住し続けている状況でした。


杭頭破壊の状況
状況を正確に把握するために、最初に全居住者(五十世帯)の個別ヒアリングを行いました。個別ヒアリングは 一件数時間ずつ行い、居住者全員の言い分を整理して分析しました。


建替派と補修派の意見の対立をまとめると、

■個々の経済状況による対立

■個々の思想・社会背景による対立

の、大きく2つの対立があることがわかりました。

一般的にはこのような対立関係に至るとき、個々の経済状況による対立だけが原因とされることが多く、現在の関係する法律もそれに則した形で体系化されています。しかし、実際のところは、思想・社会背景による対立が存在し、それが主要因になっている場合も多いのではないかと考えさせられました。


渦森団地17号棟には構造上の安全性に対する考え方の違い(このままでも安全、このままでは危険)も存在し、これから個々の思想・社会背景による対立が派生していました。代表的なものとして、次のようなものがありました。

①生活設計が崩れる

このまま暮せば、当初予定していた人生設計が可能なのにそれを犠牲にしてまで建替える必要性を感じない

②建物の資産価値という考え方になじめない

住まいは生活の場であって証券ではない。  その価値を増す為にスクラップアンドビルドをすることは環境保護の視点から見てもおかしい。

③家族に病人を抱えており、体力的に仮住まいに耐え切れない。


〇相互の情報開示


以上の個別ヒアリングの結果について、名前は明記せず、区分所有者の意見全部を整理して全員に公表しました。双方の考え方を公開することで建替派と補修派、それぞれの思っていることをお互いに理解してもらうことが目的です。構造上の安全性に対する考え方の違いが存在することもわかったので、構造調査を行い、その報告(このままでは危険)も同時に行いました。 

このヒアリングの内容と、並行して行った構造調査の報告、選択できる進路を中立的な立場でまとめ、すべての人に平等に状況が確認できる状況を作り、それをもって方針決議を行うことに致しました。情報の公開と共有にこだわったのは、反対者の持つ、「情報が偏っている」とか「一部の扇動者に引っ張られ建替え気分に流されている人が多くいるような気がする」といった不満と、本当に状況に流されている人に実状を充分に認識してもらい、個人の責任で判断してもらう為です。

方針決議では建替方針が可決されて、その後は建替決議にむけて進めていくことになりました。



〇晴れて全員合意へ



方針決議後、具体的な事業内容を確定するため事業コンペを実施しました。参加したのが五グループ。当方にて客観的に比較検討できるよう、提案内容を整理したうえ で再建組合がデベロッパーを一社選定しました。選定されたグループ代表のジークレフサービスは本業は神鋼不動産というデベロッパー系列の管理会社ですが、当時倒壊したマンションを建て替えた実績がありました。今後、建て替えや補修などの需要が増えると推測し、震災を機にいろいろなケースに対応できるノウハウを蓄積するために今回のコンペに積極的に参加していました。


建替え決議に向けて、基本計画を居住者と作成しました。週二、三回理事会を開催。賛成派、反対派に関係なく全員参加で急ピッチに作成しました。反対派に対しては結果はどうあれ、反対の立場をとった人にも、建て替えが決議された場合にはどのようにしたいか、自分の希望を主張する権利があり、この権利を正当に主張するためにも理事会に参加することを勧めました。このようにそれぞれの意見を尊重し、その意見ができる限り公平な形でお互い知り得る環境を徹底することで、公正な条件の下で決議がなされるのであれば、その議決案を尊重する決意を全員から得ることができました。






この建替事業にあたっては大規模団地の1棟の建替ということで、団地内環境を考慮した増床計画を行いました。17号館は北・東・西と3方道路に接し、また北側の敷地が高いなど法規制上、他敷地に比較して計画しやすい敷地でしたが、敷地条件に係わらず、すべての棟で同規模の建替が可能となる計画を行う様配慮しました。その結果、近隣住棟からも事業に対する理解を得ることができ、円満に事業を進めることができました。
完全に決裂状態にあった住人が、こうしたプロセスを経て、ようやく歩み寄ることのできる環境が整ったといえます。その後、建て替え決議では、五十件中、建て替え賛成が四十二人、反対が八人でしたが、八人の反対者も議決案を尊重して早期に賛成し、全員合意に至ることができました。晴れて、正式に建て替えが決定しました。

〇多様化する希望


建替え決議後、従前マンションの解体が始まり、並行して間取りなどの設計を進めました。ただし、一軒一軒個別に対応するのではなく、事前にアンケートにより要望を聞き取り、まず希望に合わせた基本プランを作成しました。そして、各プラン毎に居住者のグループを作り、グループ毎に基本プランに対する意見や希望を話し合いました。
この話合いを踏まえて再度プランを作成し、改めて話合うという事を何度か繰り返しました。最終的には個別の希望を踏まえたメニュープランをいくつか設定する事で、入居者が個々に希望する間取りに近いものを選択する事が出来るようにしました。


このプロセスの中で、希望の多様性を実感しましたが、再建事業という性格上、出来る限り事業を迅速に進める必要があったため、すべての希望に対して対応できる事業フレームを構築する事はできませんでした。居住者にも、その状況は十分理解して頂くことができ、皆に納得していただいた上で基本プランとメニュープランを設定する事ができました。


〇妥協点への模索


このような形であれ、最小限の多様性を確保する設定が可能となった背景には、事業協力者であるディベロッパー(ジークレフサービス)の理解と協力がありました。

従前居住者の間には、当初は多少のわだかまりがあったものの、建替え決議後は決議時点での賛否にかかわらず、居住者全員から事業推進に向けて全面的な協力を得る事ができました。 利害が完全に対立し、議論の余地が全くなかった以前の状況から一変しました。この状況に到るプロセスは大きな意味と可能性を示唆していると感じています。

直接的に利害が対立している状況では、当事者間のみで状況を打開しようとしても距離感を客観的に捉える事が出来ない為、妥協すると一方的に自らが損をしている感覚となります。また、実態以上に相手方が自分勝手で独善的である印象を持つこととなります。これはお互いに感じている事ですが、頭で理解して整理しようとしても、気持ちまでコントロールする事は困難です。このような環境下で、当事者同士が直接話し合って相互に納得できる妥協点を見出す事は非常に難しいと思います。


コンサルタントという客観的な第3者が関る事で、この関係に一つの座標軸を与える事ができます。最初に行った全居住者の個別ヒアリングと整理及び分析が、その座標軸を与える作業であったといえます。座標軸を得る事ではじめて距離感を客観的に捉える事ができます。これが納得できる妥協点に合意形成を図っていく上の必要条件であると思います。


途中からアンケートを多用した事も円滑な事業進捗(しんちょく)に有効に働きました。討議を行うと、どうしても発言数の多い一部の偏(かたよ)った人の意見が中心になってしまいます。アンケートを取ると異なる意見の人もおり、場合によってはそちらの方が多数派の意見である場合や、正当性の高いものである 場合も少なくありません。

〇経験を蓄積


特に我国では一般の方はほとんどディベートの訓練をしていないため、討議を行うと、すぐに感情的になったり、自分の意見が通るまで絶対他人の意見を受け入れようとしなかったり、逆にそのような場ではほとんど発言しない方等も多く、直接的な討議を通して参加者全員を公正平等に最大の利益を得るような結論に導く事はほとんど不可能です。

しかし、アンケートを利用して、全員の意見を収集し、この内容を整理、分析して全員に報告する事をくり返すと、冷静な環境で各々がじっくり考える事ができ、声の大小や議論テクニックの有無に振りまわされず、正当性の高い結論に誘導されます。
これらの要因が本事業の成功に大きな役割を果たしました。他にもこの事業を通じて本当に様々な経験をし、経験した事全てが、強く記憶に刻み込まれました。本事業における経験が、その後の活動に大きな役割を果たしたことは間違いありません。

ディセット渦が森のエントランス


生まれ変わった新しいマンションの名称を全区分所有者から募集し、様々な名称案が寄せられました。そして「ディセット渦が森」に決まりました。
自らのマンションの名称を自ら考えて決定する。このようなプロセスも、一般的な分譲マンションでは経験することはありません。このように、自ら参加することによって愛着が増すという事実を目の当たりにして、非常に感動しました。

総戸数50戸だった渦森団地17号館は、総戸数71戸のディセット渦が森として生まれ変わりました。
二十数戸の保留床に関しては、瞬間的に入居者が決まってしまいました。
昭和40年代に大量供給された公団型の階段室型5階建ての団地である渦森団地において、エレベーターのあるバリアフリーマンションのニーズは予想していたよりも大きなものでした。
ご高齢の方々の住み替えを想定していましたが、実は渦森台で育った子供たちが戻ってくるニーズが強かったようです。渦森台はニュータウンですが、そこで育った人々にとって、すでに故郷になっているという事を実感しました。
そして、渦森団地17号館に住んでいた人々と、新たに保留床を購入して入ってこられた方々との生活が始まりました。

ディセット渦が森の外観

〇建替えに至るスケジュール

平成8年7月上旬 建物の構造調査を行う
    7月上旬~末 入居者に個別ヒアリングを行う
    7月末 方針決定決議に向けての資料作成を行う
    9月上旬 方針決定決議を行う

    9月中旬 建替決議に向けての事業計画案作成(基本設計)

    9月下旬 事業代行者・建設会社決定(コンペ)

    12月中旬 建替決議を採択

平成9年 1月上旬 住戸内プランの打合を個別に始める

    3月上旬~ 各住戸の打合わせを終え、実施設計を始める

    3月下旬~ 解体工事着手

    5月中旬 実施設計設計終了

    7月上旬 建設工事請負契約・着工

平成10年7月中旬 建設工事終了(竣工)

     8月中旬 引渡・入居


竣工時の記念写真

〇建替えから10年以上経過して


平成22年秋にディセット渦が森管理組合の理事長から連絡がありました。
ディセット渦が森は毎年輪番で理事長を持ちまわっているそうですが、竣工から10年以上経ち、大規模修繕工事を予定しているので、大規模修繕検討委員会に出席してほしいとの事でした。
大規模修繕検討委員会では、管理会社も含む数社がプレゼンテーションを行い、大規模修繕工事を実施するパートナーとなるコンサルタントを選ぶという事でした。
キューブもその選考対象の1社としてプレゼンテーションを求められました。
プレゼンテーションの結果、弊社がコンサルタントとして大規模修繕に関わることになりました。

建替えから10年以上経過し、当時個別ヒアリングした方々とも10年以上ぶりにお会いしました。
大規模修繕工事に関しては、建替え事業に中心になって取り組まれた方々は後ろに引いて、保留床を購入して入ってこられた若い方々が中心となって進められていました。
そして、当時建替えに反対された方々も委員会に入られ、一緒に修繕に対して取り組まれていました。

あの、建替え時の様々な出来事も、従前のコミュニティーと新しく入られた方々との間の軋轢も、この10年という月日の間に溶解して、新たなコミュニティーとして機能していることに感動しました。

〇実際の建替え事業を経験して


実際の建替え事業を経験して、最も心に残った事は、マンションの建替えは本当に難しいという事です。
渦森団地17号館は、様々な幸運にも恵まれました。
そして事業進捗において、様々な工夫もこらしました。
それらをすべてクリアしたとしても、基本的には他人である家族の集合が、ある一定の方向に向かって共同で事業を行うという事は、簡単にできる事ではない事を思い知らされました。
その気持ちは、マンション建替え円滑化法が制定された今となっても本質的には変わりません。

日本の分譲マンションは基本的に区分所有という所有形態を取っています。
区分所有は基本的に共用部の運営は所有者である区分所有者で行うしかなく、その為には管理組合が機能して、ある方針に向けて合意形成できる環境が不可欠です。
しかし、日本のあまりに多くのマンションでは管理組合が機能不全に陥っており、自主的に合意形成することが困難な状況です。
その為に、老朽化したマンションは放置されざるを得ない状況になっており、このままでは今世紀末には日本中が不良ストックだらけになりかねないと感じています。
高度経済成長以来、一生懸命ストックを作り続け、ようやくストックが世帯数を上回る状況になったと思ったら、今度はそのストックが一斉に老朽化して不良化していく。
この悪夢のような状況を打開するには、基本的には既存ストックはきっちりとメンテナンスして長持ちするように大事に使わなければならないし、新たに建てる住宅は、メンテナンス性に配慮して、できる限り安価に長持ちできるように設計しなければならないと思います。
さらには、管理組合が機能して、自主的に合意形成できる環境が必要だと思います。

落ち着いて見渡してみると、このような視点で事業に取り組んでいる設計者や住宅事業者がほとんどいない事に気づきました。
そして、様々なビジネスモデルやシステムも、このような視点で見ると問題だらけであり、むしろ問題をクリアするための障害ですらあることに気づきました。
ただ、この状況を嘆いた所で、社会の状況は何も変わりません。
本質的であるかどうかよりも、一般的であるかどうかによってマーケットは判断します。
阪神淡路大震災によって本質的な問題が明らかになったにもかかわらず、その後も今までと変わらぬ住宅供給が続けられています。
まるで地震なんかなかったかのように・・・。

これでは阪神淡路大震災によって失われた6000人以上の命を無駄にしてしまいかねません。
生き残った私たちは、震災で得た教訓を踏まえて、その後に活かしていく責任があると思います。

阪神淡路大震災以来、キューブでは具体的な事業を通じて様々な提案を行ってきました。
その提案は、一般的ではないかもしれないが、より本質的であろうと考えて提案してきたものです。

既に日本の人口はピークを過ぎ、これから猛烈な勢いで人口減少の嵐に直面することは間違いありません。そういう意味では、従来型のビジネスモデルでは対応できなくなる時代は目の前に来ていると思います。そんな転換期において、一般的であることは何も価値を持ちません。本質的な価値のみが、価値として生き残っていることと思います。

これまで私どもが取り組んできた事業の数々は、昨年3.11に発生した東北地震の復興に関しても参考になることがあるかと思います。
それらを、これからご紹介させていただきたいと思います。


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渦森団地17号館の再建事業に関しては、住民の一人である村上佳史氏が、岩波書店「マンション建替え奮闘記」に詳しくまとめられています。





http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN4-00-002167-2

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E5%BB%BA%E6%9B%BF%E3%81%88%E5%A5%AE%E9%97%98%E8%A8%98-%E6%9D%91%E4%B8%8A-%E4%BD%B3%E5%8F%B2/dp/4000021672


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