2012年6月23日土曜日

パッケージハウスの実例:2

キューブでパッケージハウスに取り組むきっかけとなったのは、あるコラボレーションに参加したことでした。
それは2002年にスタートした、北大路まちなかコラボレーションです。
これは、複数の建築家が協調して住宅設計に取り組み事により、調和と変化のバランスが取れた、持続可能な街区景観を作り出そうという建売住宅プロジェクトでした。

実際の所、日本の住宅供給の大半は分譲マンションと建売住宅が担っています。
そういう意味では、現在の日本の景観は、分譲マンションと建売住宅によって作り上げられていると言っても過言ではありません。
建築家が珠玉の住宅を1戸実現したとしても、分譲マンションや建売住宅の圧倒的物量には対峙することができません。
逆に対峙しようとすれば、住宅としての本質から離れ、自己主張だけの強い記号と化してしまいかねません。

分譲マンションや建売住宅のデザインの貧しさに嘆いた所で状況は変わりません。
この現状は、建築設計に関わる者として、決して他人事ではなく我々自身が当事者です。
現状に問題意識を持つのであれば、自ら積極的に関与していき、状況改善に向けた活動をすべきだと考えております。

そんなことを考えていた所、本プロジェクトに呼ばれ設計者として参加する中で、戸建て住宅と景観について見つめなおすことができました。
その時、まとめた内容をご紹介いたします。


黒壁の家

北大路まちなかコラボレーション’02の概要
北大路まちなかコラボレーションが2004年度グッドデザイン賞受賞

我国の住宅を特徴づけている風土の特性として、以下のようなものがあげられます。

① 木が多い

世界の住宅は、その地域で最も廉価に入手できる素材がメインの建材となっています。西欧においてはそれが石であり、日本が位置する東アジアでは木です。地震や台風という人知を超えた圧倒的な自然の力を身近に感じざるを得ない風土と、豊富な森林資源が、我国の壊れてもすぐに再生できる木造の循環型都市を造りだしたと思います。
一方西洋の都市は、風土的に自然の圧倒的な力を身近に感じる事が少なく、石積の建物により人間が自然と対峙する形で築き上げられました。この風土が、弁証法的世界観を初めとする西洋的価値観の礎となっていると考えられます。
自然と共存せざるを得ない風土が我々日本人の感性に与えた影響は計り知れず、絶対性よりも関係性を重視する独特の価値観を生み出し、これが、現在の日本人の強みとなり弱みともなっているのではないかと思います。
近代化により劇的に流通市場が整備され、建築材料の地域性が経済の発展とともに変化し、さらにその状況も技術革新等により常に短期スパンで変化し続けることとなりました。このことが、従来の街並みを形成していた経済的合理性という潜在的ルールを混乱させ、街並みを混沌とさせることとなりました。今回のコラボレーションの目的はこのルールを建築家が意識的に設定して、人工的な仮想のルールの中で秩序ある街並みを現実化しようとする事にあると考えます。

② 高温多湿である

床の発生起源には諸説あるが、日本の湿潤な気候が床に生活するという生活様式を必要としたのは間違いありません。土間に対して床は家具に相当し、家具の上に住まう世界的に見ても稀な生活様式が標準化しました。この事が、ひいては日本人の異常とも言える潔癖さにも大きく影響していると考えられます。
また、木造の軸組み工法は、日本の高温多湿な風土において、通風を十分に確保するために有効であり標準化したものです。個々の部屋を壁ではなく建具で仕切る生活習慣が、日本人のプライバシー意識を希薄にし、共同体意識を強く持つ遠因にもなっていると考えられます。


③ 平地が少なく、山が多い

平地が少ない為、高度に密集した都市を木造で作り上げるに際し、西洋のように積層する事で密度を上げる事が出来ないので平面的に密度を上げる工夫が独自になされ、高密度な都市の中でも良好な住環境を確保するべく様々な工夫がこらされてきました。京都のように鰻の寝床状に間口が狭く奥行きの深い地型の土地に、ゼロロットで住戸が建ち並ぶ中でも、坪庭のように個々の住戸が独立性を確保しつつ自然を感じとれる工夫がなされています。
住戸単位においても空間をより高度利用するために、居室が多目的化しました。特定用途ではなく、様々な使われ方を許容する和室は究極の多目的室であると言えます。住戸内の土間は外部と内部の中間領域であり、土間に隣接してならぶ居室は、それを仕切る襖や障子によって「私」と「公」の間の距離感を段階的に変化させます。来客次第で通す深さを変える事ができ、各々の深さで土間から床に腰掛けて話をする事もできれば、完全に床に上がって話をすることもできます。このように、住まいは住まい方によって空間の性格が様々に変化する可変性を持っています。また、この工夫は、ハード面のみならずソフト面にまで及び、住まい方の作法等が作られるに及んでいます。

我国の住宅のなかでも、京都の町屋は、長い歴史の中で洗練され続けてきた様々な技術や知恵の一つの到達点です。近年において、長い間培ってきた日本人の感性と根本的に異なる西洋的な哲学を礎とする近代主義の流入と近代化の過程において、これらは否定され忘れられようとしてきました。しかし、風土が変らない限り根源的な部分まで我々の感性が変る事はありません。これだけ近代化が進んでしまった今となっては、単純に後戻りすることは不可能ですが、今だからこそ生かしうる知恵を抽出して、現代の住まい方に添う形で再構築することは、我々が真に快適と感じる住まい作りを考える上で非常に有意義であると考えます。

以上の事を踏まえ、本計画では伝統的な町屋の持つ空間の特徴を現代的に再構築することを試みました。
具体的な内容は以下の通りです。


① 外観


人工的な仮想のルールの中で秩序ある街並みを現実化しようとする事がコラボレーションの目的であると捉え、設定したルールに積極的に対応し、住戸の独自性を表現するために、ルール設定においても前提となった「京都らしさ」(注*)を直接的ではなく間接的に表現する事を試みました。まず、京都の街並みを構成している色彩が瓦による無彩色であることより設定された外壁色を無彩色とするルールに関しては、もう一方で町屋の色彩を特徴付ける軒の影及び町屋の黒さも配慮して黒壁としました。1階道路側を竪格子状の建具とする事で、影のような真黒な建物から住戸内の明かりがこもれ出ることを狙っています。この住宅はあくまでも背景であり、主役はそこに住む人です。また、主役である住む人がより豊かな住まい方ができるような舞台としてこの建物はありたいと考えています。




②床

前述のように、日本の住宅における床は、土間ではなく家具です。床は腰掛ける家具(椅子)であることが床=土間の西洋と根本的に異なる部分です。また、風土的に集中豪雨等による浸水等が懸念される京都では床が必要です。本計画では、改めて床を家具と捉えなおす事により、積極的にその段差を利用して空間の密度を高めようとしています。
リビングと中庭の間の段差は、建具の開け閉めとあわせて、外部と内部の距離を認識させる仕掛です。リビングの建具を開放しこの段差を利用して腰掛けたりすることで、「私」と「公」の距離感が様々に変化します。この距離感は、状況に応じて住まい手が主体的に選択し、住み方にあわせて変化させる事ができるものであり、その可能性は住まい手の工夫に委ねられます。
2階の和室に設けた段差は、改めてこの空間に床を意識させようとしたものです。この和室に入る際、人は自然に一旦腰掛ける事でしょう。そして入室する際に、ちょっと異空間に入った感覚を覚える事と思います。少々立つのが躊躇われる感覚。その感覚こそ我々が忘れていた床が本来持っている感覚であり、日本独自の感性の基になっている感覚の1つではないかと考えます。
バリアフリーを配慮した場合、中途半端な段差は避けるべきだが、日本の住宅における高床は風土的に必然性があり生活や習慣、風習として根付いているものなので、時として家具ともなる段差は積極的に肯定するべきものと考えます。
また、この段差を利用して、1階リビングの天井を高くとり、その段差から間接光が漏れることでお互いに気配を感じ取る事ができるように計画しています。


③土間



従来の町屋のように、住戸内に土間を奥深くまで連続して設け、外部と内部の中間領域としました。土間は外部から駐車スペース、玄関を経由して中庭に連続し、これを仕切る建具によって「私」と「公」の間の距離感を段階的に変化させます。来客次第で通す深さを変える事ができ、各々の深さで土間から床に腰掛けて話をする事もできれば、完全に床に上がって話をすることもできます。竪格子戸を全開すると駐車スペースは完全に地域に開放された空間として利用することもできるし、来客の際の2台目の駐車スペースとして利用する事もできます。玄関により、駐車の際の排気ガス等が直接中庭に吹き込まない様にも配慮しています。このように、住まい方によって空間の性格が様々に変化する可変性を持たせました。




④中庭



中庭に面して全居室を設ける事で、各居室がお互いに雰囲気が感じ取れるように有機的に結び付け、この中庭自体は空と繋がることで自然と連続し、他の隣接家屋等とは独立性を保つ計画とすることで、この住戸の内宇宙自体は住戸単位で完結しています。本計画地は従来の町屋と同様に狭い間口で奥行きが深い鰻の寝床状の敷地ですが、この中庭により、町屋が坪庭等で確保していた自然との繋がりと、住戸の独立性の両立を目指しています。中庭のしつらえは住み手自らが工夫できる様に、余計な演出は一切していません。あくまでも住宅は背景であり舞台でありたいと考えています。


⑤可変性

住み方を限定するような住まいではなく、住み手次第で様々な住み方が可能となるように可変性のある計画としました。格子戸、ガラス戸や吹抜けにより、外部空間と前庭、玄関、中庭、居間や食堂と各居室を有機的に結び付け、戸の開け閉めや使い方により空間の性格が様々に変化します。


⑥高気密高断熱

樹脂サッシとペアガラスの採用により、高気密高断熱を実現しました。従来の町屋は気密性が低く、現代人が住む為には様々な忍耐が必要です。また、音も容易に漏れるので、隣接住戸に迷惑をかけないように住む為には作法が必要となります。現在の技術による高気密高断熱を採用する事で、忍耐や作法がなくても住める住宅としました。また、リビングには床暖房を採用し、各居室毎にエアコンが設置できる計画とすることで、現代では一般的とされている住まい方が可能な様に計画しました。


⑦癒し



癒しを求める現代人が一番こだわるのが浴室です。浴室はないがしろにされることも多いが、本計画ではゆったりとした高級感のある浴室を設置し、やすらぎの空間となる事を目指しました。


⑧自然素材×新建材



本計画では、自然素材と新建材を効果的に組合せる事で、高品質で温かみのある空間演出を狙いました。フローリングは桜無垢材とし、壁・天井を珪藻土としています。珪藻土はそれ自体が呼吸をすることで、居室の湿度を一定に保ち、除臭効果があると言われています。キッチン廻りの壁はダイノックシートを利用して、存在感を主張する特徴的な演出を行いました。本計画では、建売住宅の演出の可能性を探る意味も込めて、本物の素材と偽物の素材を敢えて積極的に混在して利用し、それぞれの持ち味を生かしつつ、より豊かな空間を実現する事を狙っています。



⑨バルコニー


町屋の物干しは表道路から見えない様に裏屋根に設けられていました。一般的な建売住宅では南面接道の場合、ほぼ例外無く道路側にバルコニーが設けられており、バルコニーの並ぶ街並みが典型的な建売住宅団地の景色ともなっています。日照条件の最も良い南面にバルコニーを設けることの合理性はあるものの、道路から見えるような場所に洗濯物を干すのは町屋の奥ゆかしさからすればかなり下品な事のように思えます。本計画では中庭の2階部分にバルコニーを設けることで、日照条件を犠牲にせず、表通りから見えずに洗濯物を干す事ができるように配慮しました。また、道路面にバルコニーを設置しないことで、本コラボレーションでできる街並みが、典型的な建売住宅団地の景色と明らかに異なることが明確に感じとられるものとなることを望んでいます。


⑩縁



 2階和室前の廊下は和室に腰掛けたとき「縁」となります。単に通路部分でしかない廊下が和室との関係性により縁の性格を持つ事で、最も明るい中庭に直面するスペースとして全く異なる豊かな空間となります。元来、日本家屋に中廊下は少なく、直接繋がる部屋を取り囲むように縁が設けられ、単なる通路ではなく、庭に面する豊かな空間として計画されていました。廊下がただの通路になってしまったのは、やはり特定用途に限定して空間として仕切っていく西洋的価値観の影響と考えられます。本計画では縁が持っている豊かさを取り戻すことを目指しました。



(注*)「京都らしさ」という概念自体、それを作り出した根拠が失われつつある今となってみれば虚構であると言えます。従って、その虚構を前提としてある一定のルールを作り出す行為そのものはヴァーチャル(仮想現実的)な行為であり、人為的にヴァーチャルなヴァナキュラー(地域性)を作り出す行為に他ならないのではないでしょうか。それは、意味的にはディズニーランド等のテーマパークとほとんど変らないものです。しかし、近代化により多くの地域性が根拠を失いつつある現在、ヴァナキュラーという概念自体がヴァーチャルなものであるとも言えます。このように考えると、本計画において、風土に培われ町家に結晶された知恵を再構築するという目的と矛盾しているように受け取られるかもしれませんが、ヴァナキュラーが本質的に失われたわけではありません。表層的な意匠表現としてのヴァナキュラーが、その表現手法の多様化によって見えなくなってしまっているだけです。しかし、それで街並みを混沌とさせるのに十分である事は現在の京都の街並みの状況が全て物語っています。純粋に商業目的としてのヴァーチャルなヴァナキュラーではなく、実際に生活の場におけるヴァーチャルなヴァナキュラーの持つ意味と可能性を、この事業を通じて考えてみました。

・まちなかに個性の8棟:朝日新聞(2002.12.18)
・「町並み」で家に付加価値:京都新聞(2003.12.5)

・建築家8名が街づくり競演:住宅流通新聞(2004.3.19)
・8teamの建築家が共演:ぴゅあはうす(2004.3.4)
・京都にふさわしい街並みとは:区画整理(2004.3)
・都市型戸建住宅への提案:家とまちなみ(2004.3)

















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