2012年6月1日金曜日

マンション建替えにおけるコンサルタントの役割

キューブが阪神淡路大震災における被災マンション、渦森団地17号館にコンサルタントとして関わることになった時、既に震災から約1年半が経過していました。
しかし、この時点でも、ほぼ全員が居住し続けているという状況でした。

まず最初に行ったのは、全区分所有者を対象とした個別ヒアリングでした。
渦森団地17号館として選択するべき方向性を見出すには、個々の区分所有者がどのように考えているのか、状況を具体的かつ正確に把握する必要があったからです。
個別ヒアリングの結果、ほとんどの方に共通する願いは、「ここに住み続けたい」ということである事がわかりました。
渦森団地は昭和40年代に開発されたニュータウンですが、そこに住む人々にとって、すでに故郷になっているということを実感しました。
しかし、ここに住み続けたいという願いは共通するものの、半年前に行われた最初の方針決議によって、これを実現する具体的方法として建替えと補修に二分された意向を、一つの方向にまとめ、合意形成を図るための道筋がわからず、関わった時点では膠着状態に陥っているように見えました。

渦森団地17号館では、建築当初より管理組合の自主管理による管理運営が行われ、震災まで非常に良好な長屋的コミュニティが形成されていました。
長年自主管理をしてきたことで、マンションの管理運営に対する住民の参加意識は非常に高く、民主的かつ厳格に行われていました。
このような土壌が、住民個々が自立し、お互いを尊重するための訓練となり、本事業成功の大きな要因となったことは間違いありません。

しかし、そのような成熟した管理組合でも、補修・建替えをめぐる方針決定に関して、いずれかの方針に合理的に意見集約を図る事は非常に難しい問題でした。
いかなる方針で進んでいくかは、個々にとって人生設計そのものに影響を及ぼすような大きな問題であり、簡単に妥協できるようなものではありません。
しかし、個々の抱える状況はそれぞれに異なり、個々の希望する方針もまちまちです。

同じ屋根の下に住む住民間とはいえ、そのような個々の抱える状況まで公開することは現実的に不可能で、むしろ住民個々が自立し、お互いを尊重することができる良好な長屋的コミュニティが形成されているが故に、個々の抱える状況まで踏み込むことはためらわれ、個々の表面的な意向確認から先に進む事が困難となっていました。

また、大きく対立する問題を当事者間で直接議論により解決しようとすると、どれだけ理性的に考えようとしても自分が歩み寄ると一方的に自分だけ妥協した印象を持ち、逆に相手が歩み寄ったのは自らの主張が相手方に理解されただけであり、あたりまえと感じるものです。
結果として、相互間に遠慮して議論が深まらなかったり、双方が全く妥協できずに膠着状況に陥ることとなります。

ここで、第三者の専門家であるコンサルタントの役割が必要となります。

コンサルタントは、守秘義務を厳守する前提で、表面的に現れている意向の元となっている個々の抱える状況まで踏み込んでヒアリングすることができます。
その結果、意向が割れている元となる本質的問題を捉え、解消するために必要な方法を検討する事が可能となります。
先述の通り事業後も同じ屋根の下で住み続ける当事者が、プライバシーをお互いに公開する事は現実的に不可能です。
しかし、表面的に割れている意向をまとめるためには、本質的問題を捉える事が不可欠で、このような事が可能となるのは第三者でしかありません。

皆が共有しなければならない情報とは、どのような問題を抱えている方がおられるか、そしてどのような対策を講じる必要があるかであり、誰が問題を抱えているかという事ではありません。
コンサルタントは、このようにして明らかになった本質的問題に最大限配慮し、意見集約できる道を探り、提案していくこととなります。

また、コンサルタントは議論に客観的な座標軸を与え、対立関係のポイントを見極めて妥協点を提示することができます。
第三者による客観的な座標軸が与えられる事によって、お互いに歩み寄っている状況が客観的に認識でき、一方的に自分だけ妥協したという被害者意識を持たなくなり、相手も歩み寄っている事が理解できるようになります。



事業成功の鍵


マンションの復旧事業においてコンサルタントの果たす役割は非常に多岐にわたりますが、事業成功の鍵となる合意形成を図る上において、このような信頼できる第三者としての役割が非常に大きいと思います。
この時、コンサルタントに必要な能力は、中立性、公平性、透明性、第三者性、専門性であり、これらの事項を徹底的に意識して、自らの事業におけるポジションを自覚的にコントロールしつつ事業に関わる事が必要となります。

しかし、このようなコンサルタントの役割も、各区分所有者がコンサルタントの提案に対し、冷静に聞く耳を持ち、判断する能力がなければ生かされません。
ここで、渦森団地17号館で長年にわたる自主管理を通じて形成されていた、高い住民の参加意識と、民主的かつ厳格に行われていた管理運営の経験が生かされました。
事業進捗を急ぐあまり、いずれかの方向性に急進的に進めようとすれば、かならず大きな反動が起こります。
このような事態に陥らないように、区分所有者の皆さんが慎重に進めてこられた努力があったからこそ、コンサルタント提案を生かし、事業を進めることが出来たのだと思います。
いずれかが欠けていたとすれば、このような形で本事業が完遂される事は非常に困難だったことでしょう。

また、渦森団地17号館はいくつかの幸運にも恵まれていました。大きなものとして次のようなものがあげられます。

震災を契機として、良好な住環境の復旧という目的を皆が共有できた事

築年数の割りに賃貸比率が約1割程度と低く、賃貸人の協力も得られた事

保留床売却を前提としたディベロッパー誘致が可能だった市場環境

公費解体や優良建築物等整備事業による補助金が利用できた事

ここに住み続けたい方が全員経済的に事業参画可能な状況だった事

これらのいずれが欠けていても、それを補う手段を講じる必要がありました。
まず、震災という契機がなければ、良好な住環境の復旧という目的に皆が一致団結することは難しかったことでしょう。
そういう意味では老朽化の建替えの場合、自発的に契機を作り出さなければならないので、目的を共有する事がさらに難しいと考えられます。
また、賃貸比率が高くなると、所有者の当事者意識が低くなります。賃貸人の協力が得られない場合の対処方法も結構煩雑です。
そして、地域によってはディベロッパー誘致が困難な場合も出てきており、このような場合、自主再建として事業を構築しなければなりません。
自主再建の場合、事業の変動要因に対するリスクを負う主体が任意団体である建築組合となるため、事業に安定性を確保することが困難です。
また、補助金が活用できない場合は、個々の費用負担がその分大きくなります。
住み続けたい方が経済的に事業参画不可能な場合の対処方法として、平成16年に住宅金融公庫が「高齢者向け返済特例制度」というリバースモゲージ的な制度を発表しましたが、このような制度を積極的に活用していく事が円滑な事業進捗には必要でしょう。
とにかく、反対的立場の方に対する十分な配慮をせずに、ある特定の方向性に強引に事業を進めようとすると強い反発が生まれ、結果として長期に渡り事業が動かなくなる状況に繋がる可能性が高くなります。
実際のところ、震災復興でもこのような事例は多く見受けられ、長年法廷抗争を続けた案件は、ようやく結論が出た時点では全ての前提条件が変わってしまい、改めて最初から検証しなおさなければならなくなりました。
これでは時間と費用の浪費でしかありません。

実際にマンション再建に関わって得られた実感は、マンションの建替えは非常に難しいという事です。
しかし、真剣にその状況を理解せず、十分な維持管理運営を行っていないマンションも少なくありません。
そういう意味では、我国のマンションは未だに持続可能性を持つに至っていないと言えます。
阪神・淡路大震災によってマンションの持つこのような本質的問題は一気に顕在化しました。
にもかかわらず、震災から10年経った現在でもマンションが持つ本質的問題は解消されす、昭和40年代に大量供給されたマンションが築40年を向かえ、今まさにこれからの方針を巡る判断を迫られる状況が全国で生まれています。
マンション建替え円滑化法が整備されましたが、これだけでは劇的に事態を打開するような状況となっておりません。
一方で、震災前と変わらず、従来と同じ問題を抱えたままの新築マンションが大量供給され続けているのが現状です。
むしろ、この10年で超高層マンションが大量に供給されるようになりました。
超高層マンションも、従前のマンションと同様に区分所有者の合意形成に基づく管理運営システムしか持ち合わせておらず、このまま行くと、21世紀末を迎える頃、果たして都市がどのような状況になっているのか誰にも予想がつきません。
旧建設省で開発されたスケルトン型定期借地権は大きな可能性を感じさせるものの、一般的な普及にはまだまだ遠い状況です。



経験を教訓として生かすために


阪神・淡路大震災は、私たちが常識と考えていたものが、いかに曖昧な根拠の上に成立しているかということを顕在化させました。
震災から10年。震災で明らかになった様々な問題点も次第に忘れ去られつつあるように感じます。
しかし、生き残った我々には、亡くなった方々に対して、この経験を生かしていく責任があると思います。

私共で進めている具体的な取り組みの一つとして、コーポラティブハウスの企画・事業化を行っています。
コーポラティブハウスとは、一般の分譲マンションのように完成した住宅を購入するのではなく、住宅の購入を考えている方々が集まり、共同で土地を取得し、各自の要望を取り入れながら設計し、自らが工事の発注を行って住宅を取得するという方法です。
いわば住み手による住み手のための集合住宅です。
コーポラティブハウスでは、住宅は商品でなく住まいであり、自分達の住まいであるという自覚を持って大事に使っていく意識を区分所有者全員で共有することができるのではないか。そして、全員が直接マンションの管理運営に参加することによって、従来のマンションが抱える問題点を乗り越えていくことができるのではないかと期待しています。
また、マンションの抱える問題を乗り越えていく方法論として大きな可能性を持つ旧建設省で開発されたスケルトン型定期借地権事業も、私共が関西で初めて事業化しました。

これらの取り組みも、まだ始まったばかりで、さらに社会的に認知され、大きな広がりを持って展開していく必要があります。
震災を経験した者として、渦森団地17号館の再建に関わった者として、今後ともこの経験を様々な形で生かしていきたいと考えています。

注1)リバースモゲージ:

持家を担保に融資を受けるシステムのこと。逆抵当融資方式という意味。老後の生活資金調達方法の一つとして注目されている融資システムで、債務者が死亡した後に、担保となっていた不動産を売却して借入金を一括返済するという仕組み。
マンション建替えにおいては一般的な融資を受ける事が困難な高齢者等が建替え資金を得る手段として活用する事が考えられる。

注2)スケルトン型定期借地権:
定期借地権の一種である「建物譲渡特約付借地権」を応用して、耐久性のある「スケルトン住宅」を建てる新しい住宅供給方式。
段階的に権利変換を行い、大規模修繕を円滑に行うシステムや、最終的な権利の集約化等、分譲マンションが抱える本質的問題を解消する手段を内在する手法として大きな可能性を持っており、普及が期待される。


<岩波書店「マンション建替え奮闘記」村上佳史著より抜粋、一部加筆修正>
http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN4-00-002167-2

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E5%BB%BA%E6%9B%BF%E3%81%88%E5%A5%AE%E9%97%98%E8%A8%98-%E6%9D%91%E4%B8%8A-%E4%BD%B3%E5%8F%B2/dp/4000021672

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